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Jan 26 2012

2012年1月25日(水)13:30

英語メディアが伝える「JAPAN」なニュースをご紹介するこのコラム、今週は日本の食べ物の安全性についてです。放射能汚染のリスクについて、私が信頼する2人の特派員が、かなり異なる視点から書いていました。対照的な記事が2つ揃って初めて全体の輪郭が整ったと言えるもので、それが放射能リスクを考える際の難しさを改めて示していました。(gooニュース 加藤祐子)

○ 安全なのに……という憤りと

今年1月になって、私がよく読む2つの英語新聞に、福島県の農産物について対照的な記事が載りました。実は安全なのに危険性を強調する声が大きすぎて信じてもらえないという切り口の記事と、安全だと言われているが到底信じられないという切り口の記事です。英紙『フィナンシャル・タイムズ』と米紙『ニューヨーク・タイムズ』の、しかも日本に詳しくバランスがとれていると信頼してきた東京特派員2人の記事なだけに、その対比がこの問題の難しさを表していると思いました。どちらも正しく、両方の論を見ないと全体が判断できない。そのことが浮き彫りになった気がします。

まず英紙『フィナンシャル・タイムズ』のミュア・ディッキー東京支局長は年明け早々の4日付で「福島の農家、代償を数える(Farmers in Fukushima count the cost)」という記事を掲載。福島市の近郊で農業を営む「斎藤さん」一家が放射性セシウムで汚染されたと思われるホウレンソウやブロッコリについて、畑の片隅に積み上げるしかどうしようもない様子を描きます。「ただそこにおいてあるだけなので、セシウムは土に染み込んでしまうかもしれない」状況だと。「The situation is laughable」と書かれた斎藤さんの言葉は、どう日本語にしたものか。意味としては「ばかばかしい」、「ばかげている」でしょうが、「しかし福島の農家は笑ってなどいない」と記事は続くので、「まったくおかしな話だ」と訳すとうまくつながるでしょうか(ちなみに、「count the cost」とは何かを行うことのコスト・代償を考えるという意味の慣用句です)。

福島県は米の収穫量が全国4位、桃は2位。「福島県産のほとんどの農産物の放射能レベルは度外視できるほど低いか、あるいは安全基準をはるかに下回っているとされる。しかし放射能汚染を恐れる市民感情が、政府規制への不信感と合わさった結果、県内全域で売り上げが急落している」とディッキー記者は書きます。そのため、福島県にとって「今回の大災害(disaster)は壊滅的(catastrophic)」だと。「disaster」に見舞われただけでも大変なのに、その影響は「catastrophic」なのだと。

そして放射能を恐れ、かつ政府を信じられない市民感情ゆえに、影響は放射性物質が降ったほかの東日本地域の農家にも及んでいると記者は書きます。そのせいで、付加価値の高い農産物を中国などアジア各国に輸出する農業輸出国になろうという日本の動きが、実現を危ぶまれていると。

ディッキー記者はさらに書きます。「汚染された農産物が実際にどれだけ危険なのかについては、議論の余地がある。放射能はがんを引き起こすこともあるが、低量被曝による影響を医学統計から読み取るのは難しいか、もしくは不可能だ。現在の放射線規制は慎重すぎて社会経済活動を不要に妨げていると言う科学者もいる。一方で、幼い子供や胎児にとってはリスクが高いかもしれないと心配する人たちもいる。特に高汚染地域に住む人たちの累積被曝量はモニターしにくいからだ」と。

福島でとれる米や野菜や果物を食べることの実際の影響は分からないし、公の規制値を大きく下回ったものしか市場には出ていないが、福島市郊外の果物農家「ワタナベさん」のリンゴ出荷量は去年の半分だったと。「マスコミによる福島報道が過剰に否定的なせいで、福島県の名前は大災害の代名詞になってしまった。それが売り上げ激減の一因だとワタナベさんは見ている」とディッキー記者は書いています。

○ 安全宣言が信用できないという憤りと

米紙『ニューヨーク・タイムズ』のマーティン・ファクラー東京特派員も、「食糧供給を守るため日本人が苦闘(Japanese Struggle to Protect Their Food Supply)」という記事で、日本人がいかに政府の基準や検査結果を信用していないかを説明しています。政府の安全宣言の後に農家が自主調査したところ安全基準を上回る放射能が検出された福島市大波地区の米などを例にとり、大震災と津波と原発事故から1年近くたった今でも「日本はまだ、放射能汚染から食糧供給を守ろうとしている」と。そして「政府の食糧検査手段の多くが原発事故後に急きょ導入されたもの」だけに、安全宣言後の汚染米発見は政府の検査体制の「穴」を露呈してしまったし、当局はその穴を埋めようと走り回っているのだと。

ただしファクラー記者はディッキー記者と異なり、「低量被曝の影響は医学的に不確かだ」とは書きません。福島の農産物は実は安全なのにという記述もありません。

ファクラー記者はさらに書きます。政府の安全検査の失敗が繰り返されるせいで、安全でない量の放射能にさらされた日本人がいるかもしれないと懸念が高まっていると。加えて、国の「食品監視体制に対する国民の信頼が蝕まれている」と。

記者は、「経済的打撃や補償金支払額を抑制するために当局が、国民の健康被害の実態を控え目に発表したか、さもなくば隠蔽してきたのではないかと、そう考える市民や専門家は増えている」と書き、「政府は信じられない」ので自主検査とネットでのデータ公表を繰り返す二本松市の農家を紹介。補償金が払われないから農業を続けるしかなかったが今では作っても売れない、どうにもならないと政府を批判する農家のコメントも紹介しています。

ほとんどの農産物の放射能は基準を下回っているという前提で論を進める『フィナンシャル・タイムズ』の記事と、検査体制は不十分で基準を上回る作物が発見された点に注目して論を展開する『ニューヨーク・タイムズ』記事。対照的です。どちらの記者も信頼できると思っているだけに、どちらも限定的に正しいのだと思える異なるアプローチです。

○ デマではなくデータを

2人の視点の違いは要するに、私が日頃から主にインターネットで目にしている冷静な議論の対立項を集約したものでもあります。その根幹にある違いは、客観的データに対する姿勢のような気がします。データで立証されていないことにどう反応するか。リスクを大きめに想定して最大限に安全策を講じるのか、それとも必要十分な安全策を模索するのか。

どちらかが単純に正しくどちらかが単純に間違っているなら、ある意味で楽です。「それは絶対的に間違っている」と客観的に判断できるデータが提示されれば、そこで議論終了です。そういうデータが得られない以上、どちらもある意味で正しいからこそ、判断は難しく厳しいのだと思います。放射能に限らず、リスク対策についての議論は得てしてそうです。データ不足の状態で自分たちの生死に関わる判断をしなくてはならないのですから、それだけにデータ以前の世界観の対立になったり、感情のぶつかり合いになりがちです。あるいは「データ」のふりをしたデマやドグマや詐欺商法に振り回されたり……。

地球温暖化についても同じような議論が交わされてきました。あるいはイスラム過激派からアメリカを守るためには、国内のイスラム教徒をどこまで危険視すべきなのか、令状なし盗聴や逮捕は許されるのかという、アメリカ国内の安全保障議論にも似ています。あり得るかもしれない危険に対して、私たちは最大限の防御をすべきなのか。それによって他の色々なものが(経済とか生活とか人権とかが)損なわれるかもしれないけれど。それとも、データをもとに必要十分な防御のラインはどこなのかを一生懸命探すべきなのか。もしかしたら得られているデータでは不十分なのかもしれないけれど。なぜもっとしっかり防御しなかったと、後から後悔する羽目になるのかもしれないけれど。

ブッシュ=チェイニー政権のテロ対策、それに対する賛否両論を私は思い出します。どうやったら自分たちや子供たちの命が守れるのか。そのためにこの国の何を、どこまで損ねていいのか。どういう対策なら十分なのか。どこからがやりすぎなのか。オバマ政権1期目が終わろうというのにグアンタナモ収容所がまだ閉鎖されていない現実からしても、答えはまだ出ていないのです。答えなど出ないのだと思います。

けれども私たちは選択しなくてはならない。どこの農作物を食べるのか。どこで生活するのか。どのように生活の糧を得るのか。それに必要なのはやはり、あくまでも、客観的なデータと、客観的データを求め続ける姿勢、そしてそれを冷静に解釈する知見ではないでしょうか。

自分が当たり前すぎることを書いているのは百も承知です。けれどもこの当たり前を守ることがいかに難しいか。デマやドグマに流れることがいかにたやすいか。9/11後のアメリカが苦闘し続けるこの困難を、3/11後の日本も抱えてしまった。この困難とは要するに「何が本当かわからないのだ」という不安を常態として受け入れられるかという、そういう重荷でもあります。根本的な不安は決して解消されない。それを受け入れなくてはならない。それが震災と原発事故から10カ月たった、今の日本の状況です。

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